【Interview】野村ひと美さんに聞く、新潟県栃尾の薬草と暮らし

2015.05.09

—今回はtochiotoの野村ひと美さんに、ご自身で企画している野草茶や、それにつながる栃尾という町の暮らしについてのお話を伺いたいと思います。
まずは、栃尾がどんな所なのか教えていただけますか?

栃尾は、新潟の中ほどにある小さな町で人口は2万人足らずの小さなまちです。
新潟の中でも有数の豪雪地帯で、毎年3メートルほど降ります。
一方で雪解け水を始めとする豊富な水資源のおかげで水が美味しく
日本酒や味噌などの発酵文化が盛んです。また養蚕のまちとしても栄えていました。

その繊維業から出る残糸を利用した「とちお手まり」は、中に7福の実という
7種類の実が入り、からからと懐かしい音がするのが特徴です。

また全国的に有名なのは、やはりなんといっても肉厚でふっくらとした
栃尾のあぶらあげだと思います。
(地元では表記も含めてあぶらあげではなく、“あぶらげ”といいます)

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“とちお手まり”


—あぶらあげに発酵食品!山ならではの暮らしの智慧が伺えますね。
 とても行ってみたいです。
 ひと美さんは、どうして栃尾に住み始めたんですか?

結婚を機に移住しました。

こちらに来る直前まで、地域コンサルティング会社でツアー企画をしたり、地方で起業するためのプログラムを企画したり、特産品を作ったりするような仕事をしていました。
色んなところに行けるし、基本的に会う人は前向きな方ばかりで
そういう方のサポートを自分の会社内外のリソースを使って、
形にしていく作業がとても楽しかったです。

ただ、家に帰ると私は当時シングルマザーだったので
少なからず違和感を持ちながら生活をしていました。
その“おかしいな”と感じることは相手や社会に対してというより、
自分に対して多くありました。

例えば、毎日お米を食べるけれど、実際自分は
そのお米を育てる際の肥料ですら一人で運ぶことができない。
でも簡単に貨幣で米を買い、自立したつもりで生きていること。
こういうことに限らず、都市と農村の役割分担といってしまえば
それまでだけれど、そもそも一人で生きていけないことを認識しないで
お金があれば生きていけるということが違和感でした。

都会は大量生産、大量消費の場所だから
人、物、サービス、お金が集まるし
その分、魅力的な人も多いので私ももちろん大好きなのですが
ちょっと違う生き方をしてみたくなったんです。
誰かにアドバイスをするんじゃなくて、自分自身が地域に根差してなにかしようと。

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—職の分化が進み、見えなくなってしまった作業や努力が、たくさんありますよね。
 お肉は簡単に買えてしまうけど、一つの生命をしめることが出来る人は少ない。
 一度で良いから体感する必要性を強く感じます。
 栃尾での暮らしは、プリミティブな事があふれていそうですね。

今は夫と娘と息子と犬1匹で暮らしていて、隣の家に祖父母と
叔母と犬のタロヲ。7人と2匹です。
来たときは研修生(インターン生)の男の子や、義理の弟も含め
9人と1匹の生活だったので、どっちかというとシェアハウスに近い感覚です。
こんな大家族で水入らずの生活は、初めて。

農作業シーズンになると、また人が来るので、
いわゆる住み開きやムーミン谷みたいな感じだと思います。

農業は1年の半分しかできず、半年間は雪に閉ざされてしまうので
はっきり言って暮らすのは難しい場所です。笑
その分、冬は研修としてどこかへ行ったり、夫は講演や文章を書いたりして過ごしています。

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—長い冬の自分と向き合う時間があるって、すごく人生を豊かにすると思います。
 ずっとオンだと、仕事以外のやりたいこと…ライフワークが、つい後回しになってしまって。

私もいくつも仕事を掛け持ちしているのですが、
夏は農業や新しいことの準備、冬は英語関係の在宅ワークをしたり
野草茶を作ることを主な仕事にしています。

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“野草茶商品企画中の野村ひと美さん(tochioto)と、小林明日香さん(よへいろん)”

—野草茶作りを始めたのは、どうしてですか?

栃尾は日中との寒暖差が10℃以上あり、外から来た私には体力的にも厳しい環境です。
ブトという肌を食いちぎる虫が出るため、夏でも長袖で頭にはネットをかぶって畑にいかないと、血だらけになってしまいます。
腫れて困っていた時に、薬草でつくったチンキを下さった方がいて…
試してみると、どの市販薬よりも効いたんです。
きっと体の中も一緒だろうなぁと思って、昔、薬日本堂で習った漢方のテキストなどを見ながら、薬草を集め始めたのが1年目でした。
近くにお医者さんやマッサージするところなんかもないので、代替医療として普段から出来ることがあったらいいなと思って。

—沖縄も、離島になると以前は医師が常駐できなかったために、医師の指導のもとで民間医療が発達したといわれ、今でも日常的に薬草や薬草茶が作られていますね。
 先人の生きるための智慧には、本当に驚かされます。
 栃尾ではどんな野草茶を作っているんですか?

柿の葉茶、桑の葉茶、スギナ茶、桑ミントブレンド、よもぎブレンドの5種類を作っています。

—養蚕が盛んだったから、桑もたくさんあるんですね。

それを「色で選ぶ野草茶」という名前でオーラソーマのボトルに着想を得たパッケージにしています。
直感で選んだ色から予想される深層心理や健康状態に合った野草茶が入っているという、ちょっとした占い茶のようなものです。

お茶以外には、さっきの虫さされに効くチンキや、ペットのノミ対策用のスプレーを作っています。

—色から直感的に選ぶのは、身体と心の声を聞きながら選べる感覚で良いですね。
 そして若手の感性が入って、野草茶がぐっと身近に感じます。
 栃尾には若手が主体となる新しい活動が増えているんですか?

野草茶については、新津の女性農家さん「よへいろん」さんと「tochioto」というブランド名でコラボ茶を作っています。
新津は栃尾ではなかなか難しいレモングラスなども採れるのでお互いの素材を生かしながら広げていけたらと思っています。

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“tochiotoの色で選ぶ野草茶と、販売の様子”

それと家のすぐ近くに借りた古民家を改装して、おとなもこどもも学べる寺子屋スペースにする準備をすすめています。

海外のPBE(Place Based Education)という均一化された教育によって、その地域で育ったにも関わらず、
その場所で生きていく知恵や発想がない人を生み出していることへの反省から生まれた教育の試みがあります。
日本語でいうと、地域に根差した歴史、環境、文化を学ぶ地元学みたいな考え方でしょうか。
栃尾でも「塾」という形態をとりつつ、そういった教育分野に挑戦してみようと思っています。

—まさに今、日本中の街で必要とされていることではないでしょうか。
 その地域で生まれた事の誇りにも繋がりますよね。 
 今後展開していきたいことも、そのあたりが主軸になりますか?

仕事をつくることや、交流人口を増やしていくことなど外へ目を向けることだけじゃなく、
そもそも地元にいる人たちがあったらいいなと感じているものや、
求めているもの(自分たちが求められているもの)をここで作っていきたいと思います。

野草茶は、他の農家さんと連携してもっと商品数を増やしていきたいですし、
寺子屋では勉強だけでなく、多様な価値観や生き方、仕事などに出会える機会を作って、
ここから出ていく子どもだけでなく「戻ってきて何かしよう」という子どもが出てきたらいいなと思っています。

多様性がある地域になれば、もっと出来ることは増えるでしょうし、色んなことが生まれる場所になるのではないかなと思います。

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“寺子屋にて、鎚起銅器で鍋を作るワークショップ後の様子”

—現在は、どういった課題がありますか?

課題としては、例えば寺子屋(塾)をするにしても、親御さんからは英語を教えてほしい、というニーズがあるのに対して、地元だとなかなかスキルの合致する人がいないというのが現状です。なので、もっと外から人を連れてこなければ、と思っています。

—大学や高校など、通学の関係で地元を離れざるを得ないこともありますよね。
 しかし、一度離れてみた方が、地域のことがよく分かったりもしますよね。
 離れても帰りたい、遠くても行ってみたくなる栃尾の魅力をたくさん教えていただき、ありがとうございました!

Tochioto (Facebook) https://www.facebook.com/tochioriori

Interviewee 野村ひと美(tochioto)
Interviewer 新田理恵(tabel)
Photo by 野村ひと美(tochioto)

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